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帰還事業で日本から北朝鮮に渡った人々の名簿
ワシントンDCらち連絡会
子供時代を新潟で育った私(浅野)は、1960年代に学校の動員で新潟の港へ在日朝鮮人の北朝鮮への帰還の船を見送りに行ったことがあります。それは自分とは直接関係のないことだし、子供である私には遠足のようなものでした。その見送りは、誰が計画して、何が主目的だったのかも良くわかりません。私達は渡された日本と北朝鮮の国旗を船に向かって振っていたような記憶があります。船の別れは感動的です。笑顔の人もいるし、泣いてる人もいる。音楽が流れ、テープが投げられ、興奮が渦巻いていました。関係の無い私も感動していたでしょうし、それに日朝友好のために良いことをしているような気がしました。
1970年代に私は東京にいました。1974年に私の従兄弟の大澤孝司が佐渡で行方不明になりました。そしてそれは神隠と結論されました。
それから30年近くもたった2002年になって、北朝鮮が日本人を拉致したことを認めました。そして大澤孝司の失踪にも、北朝鮮の拉致だと結論づけざるを得ないような多数の状況証拠があったことを知りました。そして私は、私達が見送ったあの在日朝鮮人の北朝鮮への帰還船と拉致の間に関係があったことを知るのです。
この帰還事業で10万人近くの人が北朝鮮に渡りました。家族に無理やりに連れて行かれた人もいたでしょうが、多くの人は少なくても彼等にとっては日本より北朝鮮の方が良いと思って渡ったのだと思います。「地上の楽園」が全て真実ではないかもしれないと感じながらも、やる気と夢を持って渡って行ったことでしょう。
しかし北朝鮮の実態は、新潟の港で送っている私達の理解とは遠く離れていたし、またその後の私の理解とも全く異なっていたということを、後で知ったのでした。
例えば、朝鮮総連を訴えている千葉優美子(高政美)さんを例にしましょう。千葉さんのお兄さんは、船が北朝鮮に着くなり北朝鮮の状況に気づき下船を拒否しましたが、無理やりに引き連り下され後で収容所に送られてしまいました。そしてやがて死んでしまうのです。また例えば、「帰国船」の著者チョンキヘさんは新潟で北朝鮮への船に乗った時から様子が変なので、騙されたと思ったと書いています。彼は後に脱北することになります。オペラ歌手の田月仙さんの場合、異父兄の四人が北に渡りました。そして四人全員が収容所に入れられ、特に次男は24歳で若死にし、そして他の二人の兄もその後ほどなくして亡くなりました。またあるいは、横田めぐみさんを拉致した主犯の辛光洙が日本にいた時に一時下宿していた朴春仙さんの兄も北朝鮮で殺害されました。このような例はあまりにも無数にあります。
帰還者のほとんどは北の出身ではなく、北朝鮮のことを何も知らない人達でした。それで家族の一部が先行組として先に行き、そこで北朝鮮の実態を見ます。そして北朝鮮の悲惨な状況を日本に残った家族に秘密に連絡して、続いて来ることを断念させバラバラになった家族も多いのです。
とにかく10万人近い人々が北朝鮮に渡りました。その中には、約7千人の日本国籍だった人もいましたし、また在日朝鮮人と結婚した日本人配偶者もいました。日本人配偶者のほとんどは日本人妻でしたが、少数の日本人夫もいました。
しかし、命がけで脱北した人を除けば、その後何十年間もその約10万人の誰一人として、日本に戻ってきていないのです。アメリカに移住した私にはわかりますが、たとえ夢をもって外国に移住して行ったとしても、色々な理由でそれを断念をして故郷に戻る人はいます。いや、故郷に戻るということでなくても、時々帰省はするのです。
しかし北朝鮮からは誰一人来ない。全く来ないのです。一度入国したら牢獄のように出られないのです。北朝鮮は出国を許したら、皆が出て行ってしまって戻って来ないので、出国を許さないのです。北朝鮮はそのように、牢獄国家であり、奴隷国家だったのです。在日帰還者の日本への訪問は全くゼロではなかったという意見を聞くかもしれません。例外的にそれはありました。しかしそれは北朝鮮労働党の代表団として監視つきで来たのでした。逃れられないのです。
北朝鮮からは出国ができないだけでなく、電話も手紙も自由にできないのです。したがって、日朝で別れ別れになった家族も、限られた交信を、一種の暗号を使ってせざるを得ないのでした。北朝鮮は地獄のようなところだから来てはダメ、あるいは生活用品やお金を送ってください、というメッセージを託して。
北朝鮮に渡った約10万人の多くは殺され、多くは収容所に送られ、また多くは奴隷状態、あるいは人質状態にあります。
日本から北朝鮮に渡った在日の人は、北朝鮮で奴隷状態になっただけでなく、人質になったのです。何故なら家族親戚が日本にいるからです。より豊かな日本にいるからです。北朝鮮にいる家族があまりに悲惨な状態ならば、日本の家族親戚が金銭等を送るのが当然です。あるいはお金をやれば収容所送りが避けられるとすれば、何千万でもいや何億だろうと、どんなに無理をしても送るはずです。そして、日本に侵入してきた工作員から北朝鮮に渡った家族の写真を見せられて、協力しろ、と言われたら、拉致の幇助も止むを得なかったと言うでしょう。
私が子供の頃に見送った帰還船の人達が、北朝鮮で人質になり、そして結果として日本に残った一部の家族が幇助して、拉致が行われたとしたら。そんな恐ろしい構図がわかってきたのでした。たいていの拉致の周辺にその手の人が登場します。そして話が飛びますが2002年に帰国した蓮池さん達が日本であまり発言しないのも、今だに周辺にその同じ人がいるからだとも聞きます。
拉致被害者に対しては一般の日本人の同情があります。しかし日本の政治の現場においては、親北朝鮮の立場の人と反北朝鮮の立場の人が対立しています。拉致被害者救出のための活動は主に反北朝鮮の人によって担わています。他方で親北朝鮮の人は、先に日朝が友好することが第一だと言います。北朝鮮の政府と友好することが、あたかも北朝鮮の人々と友好することと同じだと、故意に錯覚してです。困っている北朝鮮の人々を助けるために北朝鮮政府に援助を送ろうと言います。それではまるで、収容所のユダヤ人を助けるために、ヒットラーを援助する、と言っているようなものです。
そういう人達は、国境を越えて分かれた家族が自由に会うことも許さず、出国を自由にすると国民がいなくなるので出国自体を法律違反にして、また政府自体が外国人を誘拐をするような北朝鮮の政府と友好をすることがどういうことを意味するのか考えもしないのでしょうか。もし人が親コリアンならば、今の北朝鮮の政権に対抗すべきだと思います。日本から拉致された人も、帰還して人質になった人も、そして北で差別されるだけでなく食糧さえない奴隷状態の人も、同じように被害者なのです。皆その地上の地獄から逃れたいのです。
私達は誰を救うのでしょうか。日本人の拉致被害者については、認定か否かに関わらず、多くの名前が公表されています。多くの家族が公表しているからです。しかし北朝鮮の人質状態の帰還者の名前は公表されていません。そして私は、この拉致を封印しようとする力と在日の問題を封印しようとする力は同じものだと考えています。拉致被害者の救出に直接に繋がる行動は、可能なものが多数あるにも関わらず日本政府は全くしません。その理由は、いわゆる在日の問題にある、と私は考えています。
* 帰還した元在日の人達が人質となってしまって、あるいは朝鮮総連が幇助して、拉致が行われた可能性があります。朝鮮総連は日本で特殊な立場を持ってきました。
そして朝鮮総連から多くの金が多くの政治家に流れてきました。それを暴露することになるのか、という問題です。
* またもし北朝鮮を追求して北朝鮮の政権が崩壊したらどうするのかという問題です。少なくても万単位の人が日本をめざすでしょう。その対策の費用は、問題は、混乱は。それは数十年前の在日帰還の当時に戻るだけでなく、それに輪をかけたような巨大な問題になることでしょう。
そこで日本政府は、例え数百人の拉致被害者がかわいそうだとしても、数十万人の混乱よりはマシだ、と結論しているのでしょうか。だから拉致被害者の救出に本気でないのでしょうか。だから日本政府は拉致の幕引に努めるのでしょうか。
もし日本政府がそう考えていたとしても、私はそれが正しいとは思いません。誘拐された被害者を救出するのは共同体の義務であり、その義務がないというならば、共同体の意味はない、ということになります。それに日本は今そして将来と、在日の外国人とのことをより一層真剣に考え、決定していかざるを得ない状況に年々迫られてきています。
日本は、国際化、少子化、そして外国人労働者、不法滞在者の問題等に迫られています。そこにはまず、日本人は誰かという問題があります。遺伝的に日本人であること。文化的に日本人であること。国籍が日本人であること。そして意識として日本人であること。日本は、他国と比較した場合に、その全てが比較的に同一しているという珍しい国です。しかしそのために逆に、その混乱が見受けられます。将来的には、それらのことをより良く理解して、議論して、決めていかなければなりません。そしてそのことは日本人にとってだけでなく、日本にいる外国人にとっても同様に重要なことです。
在日コリアンの問題はその象徴です。皆が一生懸命に議論すべきです。そしてだからこそ、在日の問題が面倒だという理由で、拉致や北朝鮮の問題をうやむやにしてはならないのです。
私達は、北朝鮮に拉致された被害者を救出するために活動をするし、また北朝鮮で人質になってしまった人々を救出するために活動をするし、また北朝鮮で奴隷状態の人々を救出するためにも活動をします。
その一貫として、私は、法務省に対し、帰還運動で北朝鮮に渡った人の名簿の公開を、情報公開法を基づいて請求いたします。私達は拉致被害者の名簿を持っています。しかし私達が送り出した在日帰還者の名簿は持っていません。私達はその人々は殺されたのか、収容所に送られたのか、元気なのか知りません。私達にはそれを知る権利があると思います。私達にはそれを知る義務があると思います。そして名簿に基づいて、北朝鮮に対して、一人一人の安否を確認しましょう。北朝鮮に対して、一人一人の安否を追求しましょう。
私は法務省に対して、帰還事業で北朝鮮に渡った人々の名簿の公開を、情報公開法に基づき、請求いたします。
(文責: 浅野)
http://www.asanocpa.com/rachi/
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