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2009年06月25日 社会
http://www.okinawatimes.co.jp/news/2009-06-25-M_1-001-1_002.html?PSID=1f145291cfdf8b921f93e3a900cfd01e
縄文後期の人骨出土/県内初 最多数 形質知る資料に/摩文仁ハンタ原遺跡
【糸満】糸満市摩文仁の摩文仁ハンタ原遺跡で、縄文時代後期(約4000〜3000年前)相当期の人骨27体分や貝製などの人工遺物が多数出土していたことが、24日までに分かった。糸満市教育委員会と土井ケ浜遺跡・人類学ミュージアム(山口県下関市)の共同調査。研究者などによると、この時期の人骨と貝製品がまとまって出土したのは県内で初めて。人骨は最終的に県内最多の50体超に上る見通しで、本島地方のヒトの形質や埋葬の変遷を知る上で貴重な発掘になるとみられる。
琉球大学の池田榮史教授(考古学)は「縄文時代後期の人骨がこれだけまとまって出たことはない。形質人類学的にしっかりとした資料ができ、当時の人々の平均的な姿が明らかになる」と評価した。
同遺跡は縄文時代(約1万2000〜2800年前ごろ)のものとされる。
調査によると、石灰岩の岩陰(調査面積約5平方メートル)から人骨と232点の人工遺物が出土。人骨は、頭骨を取り囲むように石灰岩が配置された「石囲墓」と、1カ所にまとめる「集骨」の2方式で埋葬されていた。時期的な差が考えられ、変遷を知る上でも県内有数の埋葬跡としている。
人工遺物は約80%(186点)が貝製品。装飾品の一種とみられる「線刻有孔製品」は類例がなく、縄文人の精神活動の一端を知る貴重な手掛かりという。湖城清市教委文化課長は「遺跡周辺でも類似の人骨が出土する可能性もあり、人骨を葬った人々の住居跡などが発見される可能性も高い」と推測する。調査はヒトの形質と埋葬形態の変遷を調査する目的で2007年から3年計画。
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